有限

 弟とは長い付き合いで、それなりに理解しあっているきょうだいのつもりでいるのだけど、ときどきほんとうになにを言っているのかわからなくなることがある。先日、弟の家からおさがりの冷蔵庫が運ばれてきた。シルバーでツードアのなんの変哲もないコンパクトな冷蔵庫なのだけど、よくみると扉に刻印されたメーカーのロゴの上に「有限」という言葉が書かれている。さらによくみると、その有限という文字はマジックで手書きされているようにみえた。
 直感的には「有限会社」の略のような気がしたけれど、なぜ弟が個人的に使っていた冷蔵庫が有限会社に関係があるのかよくわからない。深く気にせず使いはじめてはみたものの、やっぱりちょっと気になったので弟に会ったときに聞いてみた。
「もらった冷蔵庫なんだけどさ、有限、って字が書いてあるよね?」
「ああ、うん、最近さ、新しい冷蔵庫を買ったじゃない?」
 弟は大きい冷蔵庫を買ったはずだ。彼が冷蔵庫を新調するタイミングでわたしのほうは狭い家に引っ越すことになり、コンパクトな冷蔵庫が必要になったので、弟の手元で不要になる小さい冷蔵庫をちょうどよく譲ってもらったのだ。
「130リットルから300リットルに買い換えたら、あまりにストレスなくどんどん食べ物が入るから、この冷蔵庫は無限冷蔵庫だなと思って、新しいやつを無限冷蔵庫って呼ぶことにしたんだよね」
 言っていることはわかる。わたしの側は逆に今まで使っていた400リットルの冷蔵庫から130リットルの冷蔵庫に縮小されたので、空間のやりくりにだいぶ苦労している。400リットルというのはファミリー向けのサイズで、一人暮らしで400リットルを使っているひとはあまりいないと思うが、それでもべつに場所が余って仕方ないということもなかった。冷蔵庫とはそういうものだと思う。スペースがあればあるだけ入れるものはある。わたしは食べ物だけではなく、時計とか原稿とか演劇のチケットとかいろいろなものを入れていた。夏には自分を入れたいくらいだった。
「それで、こっちが無限冷蔵庫ってことは、直子に譲るほうは有限冷蔵庫だ、と思って」
「うん」
「だからそう書いといた」
「うん?」