「わたしは抵抗したのだ」

 むかしの自分の文章を読むと、「ほんとうのこと」を書かなければならない、ということがわかる。批評を書くことについてわたしの物心がついたのは二〇一八年のことなので、むかしと言っても、どんなに遡っても八年前が行き止まりで、それほど大掛かりな遡行ではないのだけど、それでも、自分の過去の文章とは第一には恥ずかしいものである。技術的にあまりにまずかったり、勢いが空回りしていたり、言葉の使いかたが間違っていたり、赤面するところだらけで、人様にこれを読んでほしい(あるいは読み返してほしい)という気持ちにはほぼならないのだけど、それでも、どれだけへたくそな文章でも、かつての自分がどうにかして「ほんとうに思ったこと」を書こうとはしている、ということだけが今の自分を救ってくれるので、未来の自分のためにわたしは今現在の「ほんとうに思っていること」を書こうとし続けなくてはならない。
 無難さに文章を明け渡すのはとても簡単で、「正解っぽいこと」も「こう書いたら怒られなさそうなこと」も、空気中からいくらでも取り出せる。得られるであろう合意から逆算した言葉で文章を埋めても、その瞬間その瞬間には傷つきすらしないだろう。でも、それは、未来の自分の眼には、自分が凌辱されている姿の写真に等しい。人は言おうと望んでいないことを決して言わされてはならないが、現実には「自ら望んで言った」という体裁のなかで、むしろ得意げな顔で、思ってもいないことを口から出すものなのではないか。わたしは抵抗したのだ、という証拠を残すことだけが自分自身への贈り物になりえる。
 ほんとうに思ったことを書くためには、小さな文章でも、かならず何か発明をしなければならない部分があって、それが消耗する部分でもあり、おもしろみでもあり、ときには心底苦しいけど、発明をせずにほんとうのことを書くことはできない。心が折れたら終わりだ。心が折れませんように。毎日思っている。心が折れませんように。

 

客席で、わたしはたった一人になれる

 踊り子とお客さんの拮抗を楽しみたい、と宇佐美なつさんは言った。仮にお客さんが宇佐美さんに従属してしまった場合、「それは〈劇場〉じゃない、〈私の国〉ができているだけだから」と。この劇場観にわたしは感銘を受けて、なぜか手もとに赤ペンしかなかったので鞄から出てきた裏紙を真っ赤にしながらトークのメモをとっていたのだけど、宇佐美さんのこの言葉を赤ペンでぐるぐる囲んでさらに真っ赤にした。渋谷のLOFT9で開催された、「まだまだ!ストリップは止まらない」という頼もしいタイトルのトークイベントを聞きに行ったときのこと。

 このごろ、ストリップのどこが好きなんですか? という質問をされることが増え、それも、若い女の子が緊張した面持ちで聞いてくれることが多いので、わたしはそのたびに質問の裏側に響く「なぜストリップは〈大丈夫〉なんですか?」「ストリップは私を傷つけるでしょう?」という不安を聞き取っている。だから、わたしなりに真剣に言葉を尽くして答えたり、ときには何もかもはしょってしみじみと「女が好きで、えろいものを見られるとうれしいから」と答えたりもしているけど、なんにせよ、わたしの回答のサビは「主体的だから」だ。ストリップにおける踊り子さんがどれほど主体的で、この社会で女の身体を使った表現が主体的であるというのがどれほど希少なことか、という点に説明の言葉を割いていると思う。そんな自分の「ストリップを好きな理由リスト」に、くっきりと「一人になれるから」という項目があることを発見したトークイベントだった。

 宇佐美さんの話を聞きながら、北山さんのことを考えていた。両者が似てる、というわけではないけれど(ストリッパーと歌人が「似る」というのがどういうことなのかよくわからないし)、わたしが北山あさひの歌を好きなのと、宇佐美なつのことを好きなのは、あくまでわたし個人のうえでは同じことのような気がするから。このふたりは要するに〈個〉を重んじる表現者で、世界に目を光らせ、反応し、対話しながらも、たった一人でいる、ということを手放さない。この人たちは「人とは、人それぞれである」ということに関して、異常な頑固さをみせるのだ。ときにはかなりあけすけに自分を開示してくれながら、でも、他人と同一化すること、主語の大きな物語に巻き込まれることを慎重に拒む。ステージと客席はある意味では鏡写しなので、ステージ上に踊り子さんがひとりで立ってくれることによって、それはもう、徹底した〈たった一人〉でいてくれることによって、客席で、わたしはたった一人になれる。

 二村ヒトシの話のなかで、アダルトビデオと比較されることで照らし出されたのもストリップは「一人」でやっているものである、という特異さだった。よくよく考えると、「一人」でかつ「性的」であるというのは奇妙なことだ。わたしにとって短歌もそういうものだ。我妻さんが『起きられない朝のための短歌入門』に書いていた、〈短歌の定型は私たちがひとりひとりみんな違う人間だということ、その孤独を祝福するためにあるのだと私は信じている〉という一文にわたしは心酔していて、ストリップのステージもまた、私たちがひとりひとりみんな違う人間だということ、その孤独を祝福するためにあるように感じるのだった。

 

  いちめんのたんぽぽ畑に呆けていたい結婚を一人でしたい 北山あさひ『崖にて』

 

 「反・結婚」というキーワードでレジュメを切って『崖にて』について発表したことすらあるのに、わたしはこの歌が「結婚をしたくない」でも、「独身でいたい」でもなく、「結婚を一人でしたい」であることを今まで読み落としていたような気がする。

 宇佐美さんは、友だちが必要ない性格なので、時間があるときは家のドレッサーの前に座って大好きな自分の顔をみているのだと言っていた。〈結婚を一人で〉している! ほんとうにかっこいい人だと思う。

 

福祉

 初詣にはどちらかというと行くほうなのだが、人混みや行列が嫌いなので、何時間も並んでまで元旦に初詣をしようという気持ちはまったく理解できない。大晦日にいつものように紅白歌合戦を見終えてぼんやりと「ゆく年くる年」を眺めていたら、浅草寺に大河のように人間が押し寄せている様子が映っている。検索してみたら、浅草寺での二年参りは行列に並びはじめてから参拝するまで四時間くらいはかかるようだった。テレビのなかの浅草寺だけではなく、元旦は近所の小さな神社ですら行列している。宗教行事は絶対的なものなので、並んでいるあの人たちが全員神道の信者なのだということならなにも不思議はないのだけど、あの人たちはほぼ全員が無神論者だ。それなのに、貴重な年末年始休みのうちの一部を投じ、真冬の屋外の人混みという過酷な状況に四時間も耐えて、数十秒の、どうせ叶いもしない神頼みの時間を持ちたがっている。
 理解できないものが好きなので、テレビ画面も凝視してしまうし、近所の神社の行列も見物に行ったのだけど、眺めているうちに、初詣って「ほぼ無料」なんだよな、ということに気がついた。お賽銭箱に投げ込む金額は、五円玉とか十円玉がいいとこじゃない? お正月だともうすこし奮発する場合もあるのかな。大きい神社で札束が投げ込まれているのも見たことがあるけど、お賽銭が一円玉だったからといって後ろめたいということはとくにない。おみくじや縁起物を買ったりお祓いをしたり、重課金していけばまあきりがないけど、すくなくとも神社の入場は無料である。だれでもお正月を迎えた気分になれる。この世で「みんながやってること」に参加するにはとにかくお金がかかる。年間行事もそうだし、人生のイベントもそう。参加している側から見れば取るに足りないようなイベントであっても、疎外されている側はどれほど惨めな気持ちになるのかをわたしは知っている。五円や十円で「お正月」にログインできる初詣は福祉なのだと思った。
 わたしの初詣は渋谷道頓堀劇場だった。いや、神社への初詣もたぶん一月中の平日の日中とかに行くと思うけど、三が日早々、行列と人混みをものともせずに乗り込むという意味では道劇に行ったのがもっとも初詣的な行いなのではないかと思う。ある踊り子さんの演目を見ている最中にぼんやりと「死のうかな」という気分になり、とくべつ暗い演目というわけでもなく、なにかナイーブな部分が刺激されるような演出だというわけでもなく、いい踊り子さんのいい演目なのに、とつぜん悪い意味で視界がクリアになった。自分はもう無理なのだという気づきが明晰に組み立てられていき、十五分のあいだに具体的な算段まで完了したところで演目が終わった。ストリップを見ているとアイデアが湧いてきて仕事がはかどることが多いのだけど、それと同じ作用にバッドトリップさせられたような気がする。自分に、自分の原液が流れ込んでくる。「ストリップを見る」ってそういうところあるよなと思ったけれど、単にわたしが鬱状態なのかもしれない。

 

 

北限

 わたしは結婚をしたことがないので当然離婚をしたことがないのだけど、離婚を経験した人の多くが妙に力のこもった口調で「離婚は大変だ」と語る、その離婚独特の「大変さ」に関心がある。素人(離婚の)としては、親しかった他人と決別するときに発生する心理的な負荷のことばかり思い浮かべてしまうのだけど、おそらく離婚の大変さのメインはそういった情緒的な辛さではなく、生活のシステムが配偶者を含んだ状態で回っている以上、その相手を取り除くことで、ときには意図せぬ範囲にまで影響が及ぶ、ということなのではないかと想像する。離婚というのは単に人生から人間がひとり消える、ということではないのだろう、と。
 あるストリップ劇場の閉館のニュースが飛び込んできたときに、最初にわたしの頭を占めたのは、その閉館による影響関係の大きさを知りたい、という焦りだった。劇場がひとつ消えるというのは、単に劇場がひとつ消えるということではないからだ。
 どんなジャンルでも、あるいは人間関係でもそうだと思うけれど、「ストリップを見る」というとき、そこには複数の対象との関わりが同時に発生している。踊り子さんとの関わりがあり、劇場という空間との関わりがあり、ストリップというジャンルとの関わりがある。それは普段は体系だって行儀よく折り重なっているので、ほとんど一体のものに思える。自宅の外に市があり、市の外に県があり、県の外に国がある、といったふうに。家にいるときにわざわざ「わたしは家にいて、同時に小平市と東京都と日本と地球にいるなあ」とは考えない。
 うまく回っているあいだはシンプルに思える構造が、歯車がひとつ外れた瞬間に意外なほど複雑な様相を見せることがある。一つの劇場がなくなるというのはそれ自体寂しいことだけど、それは同時に踊り子さんの仕事を減らす要因でもあり、そして、ストリップという業界自体への向かい風でもある。複数の懸念を前に、壊れた信号機のようにわたしの気持ちは目まぐるしく切り替わり、どれを見つめるべきなのか決められなかった。
 一つ一つ分解して考えると、踊り子さんが失われるのは引退するときで、ストリップが失われるのはジャンル自体が滅びるときだ。いま目の前で失われようとしているのは劇場なのだから、劇場を惜しむ気持ちに集中するべきであるようにも思えるが、法律上新設ができないことになっているらしいストリップ劇場は全国から減る一方で、一つの劇場に対する感傷は、こんなことで業界自体はどうなっていくのか、という憂いにすぐに書き換えられていく上に、わたしにとっていちばん優先順位が高い関心事は正直なところ「所属の踊り子さんの処遇を一秒でも早く教えて今すぐ教えて」という一点だったりもする。全国の劇場分布を説明するときの「埼玉県が北限」はぎりぎり笑えたけど、「池袋が北限」はもう笑えない。
 新しい劇場をつくれない、現存する劇場をすべて使い切ったらその先がない、という状況は、ジャンル自体が余命宣告(それもかなり差し迫った)をされているに等しい。ジャンルの余命と、自分が見続けたい踊り子さんの余命、本来は連動しつつも別々であるはずのその二つの意味合いが、「劇場」という物理的な場の消失によって、同一視させられ、混乱させられる。

 

 差しつづけなければいずれ失明する〈いずれ〉が死より先に来るなら  大松達知『ばんじろう』

 

 最近こういう歌を読んだ。眼という器官の死を、自分本体の死よりも先送りにするために目薬を差しつづける。こう考えると死とは不思議なもので、わたしたちの身体の臓器や器官はある程度ばらばらに寿命をむかえるが、各器官の寿命が本体の寿命よりあまりに先んじるのも生活が不便だし、かと言って、あまりに余力を残した状態で死ぬのももったいない。「大往生」という言葉がポジティブな意味で使われるのは、ある一定の年齢に達することができた、その数値に対する評価というよりは、各器官の寿命をいい感じにぜんぶ使い切ることができました、というバランス感覚への賞賛なのかもしれない。
 ストリップに「大往生」を望まない。すべてが、しぶとく、一秒でも長く存在してくれているといいと思う。そして、自分の心の底を覗きこむと、「余命」が見えていないものをそもそも自分はここまで好きになっただろうか、という声もするのだった。ものごとには黎明期と死に際しかないのだと思う。早く大人になりたい、と焦っている時間と、もうすぐ死ぬんだな、と焦っている時間以外が、果たして人生に存在するだろうか。

ウサギはちゃんとわかっているの

 友だちが旅行で家を空けているあいだ、猫の世話をしに行くことがある。世話をしに行くという言いかたをするとなにか義務のようなニュアンスが生じるかもしれないが、わたしはほとんど猫カフェだと思ってる。贅沢な個室猫カフェ、しかも無料の。猫との交流を独占することができて、ふれあうこともできるし、飲み水の交換やトイレ掃除など、ふつう猫カフェではやらせてもらえない領域まで味わうことができる。友だちの猫は、たぶん寂しがり屋ではあるのだけど、すごく人好きな猫かというと妙に頑固なところもある、説明が難しいのだけど、気高い三歳児みたいな性格で、いっしょにいるとおもしろい。
 友だちの家にはペットカメラが設置されていて、わたしはいちおうリアルタイムで「これから入室します」「帰ります」の報告LINEを入れるようにもしているので、旅先の友だちは、見ようと思えば猫といっしょにいるわたしの様子を見ることができるんだと思う。彼女のほうは気を遣って「部屋にいるあいだはカメラはオフにしていい」と言ってくれているのだけど、カメラは作動していたほうがわたしも気が楽なのでオフにしたことはない。なにしろ他人の留守宅にひとりで上がっているわけなので、自分が急に気が変になって猫を殴りつけたりとかをしていない、ということが第三者目線からも確認できる状態になっていたほうが安心できる。
 猫の世話をしに行く機会は定期的にあるので、わたしのなかではすでにルーティンが確立されていて、部屋に入ったら猫としばらくふれあって、そののちに二か所の飲み水を交換し、トイレ掃除をして、チュールを一本食べてもらい、それからおもちゃで遊ぶ。猫がおもちゃに飽きたころに引き上げる。
 今日、とつぜん気になったのは、このペットカメラというのは音声も拾うのだろうか、ということだった。調べてみると、マイクがついているカメラとそうでないカメラ、商品としてはどちらもあるようだった。旅先の友だちに、わたしの声までが聞こえている可能性には今まで思い至らなかった。わたしはこの部屋にいるあいだ、ひっきりなしに猫に話しかけつづけているのだ。カメラ越しに姿を見られているのはいいが、猫とのおしゃべりを聞かれているのは都合が悪いような気がする。最近、いくつかトークイベントに出演した。映像配信のあるイベントだったので、トークの様子が撮影されたアーカイブ映像をわたしももらうことができた。その映像の扱いについてトークイベントでの共演相手と話したとき、自分たちがしゃべっている姿を積極的には見返したくない、という点は意見が一致したのだが、その後、彼はけっきょく映像を視界に入れない状態で音声だけを聞き返したらしい。その気持ちはまったく理解できない、わたしは音声をとりわけ聞きたくないので、音声を消して映像だけを眺めたのだった。二人合わせたら映像の全貌を確認したことになるだろうか。わたしは自分の身体に対する抵抗感より、自分の声に対する抵抗感のほうが大きいのかもしれない。それなのに、なぜ猫に向かって声を発しつづけてしまうのだろう。
 猫にとって有益だと思われる情報(あなたの家族は今夜中くらいに帰ってくるらしいよ、とか)や、猫に対する誉め言葉などももちろん口にするけれど、わたしはきのう熱海に行ってたんだけどね、とか、今こういう締め切りがあって、とか、こないだ見かけたこういうツイートがクソムカつくんだけど、とか、近況もぜんぶしゃべっていると思う。わたしは赤ちゃんや小さい子どもに対してもわりとこういうしゃべりかたをしてしまう(子どもには「クソムカつく」とかは言わないようには気をつけてる)。話の流れで急に思い出した短歌を暗唱したりもする。あのカメラが音声を拾うのかどうかを友だちに訊いてみようかしばらく迷ったけれど、「うん、実はぜんぶ聞いてたよ」と言われたらどうしていいかわからなくなるので、訊くのはやめることにした。この世にはあえて蓋をしておいたほうがいいこともある。それに、なんとなくだけど彼女はわたしがいるときのカメラ映像もとくに確認していないような気もするのだ。
 ルーティンをぜんぶ終えて帰ろうとすると、猫は部屋の奥からこちらをじっと見ていた。いまどきの飼い猫はほとんどそうだと思うけれど、この猫も完全室内飼いで、屋外の様子はほとんど知らないはずだ。わたしは「玄関のところで人は消えるってウサギはちゃんとわかっているの」と猫に向かって言った。

最後のとき

 その旅館は外観こそかなりの年季を感じさせたが、部屋は古いなりにこぎれいで、エアコンの効きも悪くなかったし、大きな窓からは海がみえた。フロントの奥には宿泊客が予約制で利用できる小さな貸し切り風呂も備えられている。姿を見ることは叶わなかったが猫もいるらしかった。ただ、エレベーターだけはおそろしかった。床の踏み心地がぶわぶわとしていて、乗り込むだけできしむように揺れる。そして、動き出すときも止まるときも函がいちいちガタン、と嫌な身震いをするのだった。おまけにシンドラー社と書いてある。かつて死亡事故を起こしたシンドラー社のエレベーターにネガティブな印象があるのは特定の世代だけだろうか? わたしたちの部屋は五階で、おかげで見晴らしはよかったけれど、貸し切り風呂に入りに行くにも街に遊びに出かけるにも、エレベーターに乗らないわけにはいかなかった。
 何回目かに三人でエレベーターに乗った際、フロント係なのか支配人なのか清掃員なのかそのすべてを兼ねているのか、とにかく滞在中に見かけたただ一人の従業員である初老の女性と乗り合わせ、にこやかに「最後の旅行ですか」と奇妙な質問をされた。わたしたちは死ぬのか、それともこの旅行を機に絶縁して二度と会わなくなったりするのか、近日中に地球が滅びるのか。返答に詰まっていると彼女は「夏休み最後の旅行?」と聞き直してきた。わたしたちは安心して、ええ、はい、そんなところです、と答えたけれど、よくよく考えるとその質問もなんとなく変だった。
 最後、という単語がふたたび耳に飛び込んできたのは、その夜にストリップ劇場で芝居仕立てのチームショーを見ている最中のことだった。ある女性ふたりの、不倫を含む同性愛が新聞にスクープされる。本人たちはそのことをどこかはしゃぐように話題にしたあとで、「いよいよ最後のときが来たわね」と言ってのける。雰囲気に深刻さはなく、ふざけて降参するような口調にも聞こえたが、実際には「最後」とは死を指していたようで、話は心中へと急ハンドルを切っていった。
 八月から九月をまたぐ数日間、海沿いの街で過ごした。波打ち際のある砂浜ではたくさんの人間が全身や半身や体の一部を海に浸していた。日が傾いても人々はなかなか帰らず、名残惜しそうに薄暗い浜辺で遊んでいた。夏休みが終わる時期だからなのか、それが夏のあいだ毎日繰り広げられていた光景なのかはわたしにはわからなかった。ごく個人的なことを言えば、わたしは新しい年齢になったばかりで、それは新しいと同時に三十代最後の年齢でもあるのだった。

わたしの弟は、

 わたしの弟は、穏やかで安定感のある人なので、あまりそうはみえないのだけど、心のなかはぐらぐらしているのだろうと、ずっとわたしは思っていた。姉である自分には弟が表には出さない本心がわかる、というような話ではなく、弟の心の底なんてぜんぜんわからないけれど、ただ、そうじゃないと変だと思っていた。みたところの弟は、あきらかに一人でいくらでも生きていける人間だったけど、でも、ほんとうは安心して帰れる場所がすごくすごく欲しいはずだった。子ども時代のわたしたちは、いっしょに住んでいたころはいっしょに不幸だったし、べつべつに住んでいたころはべつべつに孤独だった。べつべつに住んでいたころの弟がどれほど孤独だったかという想像が、年齢を重ねるごとにわたしのなかで膨張していた。わたしは実際のそのころの弟の生活のことをほとんどなにも知らず、つまり、自分はなにもできなかった、という罪悪感が残りつづけていたのだと思う。
 結婚すると聞いたとき、欲しかった種類の居場所をついに手に入れるんだと思って、弟のために嬉しかった。人には誰にでもどうしても叶えたい願いがあるけれど、ほんとうの願いはたいていは叶わない。だけど、弟はそれを叶えるんだと思い、そのころは毎晩帰り道に泣いていた。しかし、それはわたしの想像上の弟の話だった。想像上の弟が、想像上の願いを叶え、想像上で幸せになる。わたしのなかにしかないおとぎ話のようなものだ。それもわかっていたけれど、それでも、弟のために嬉しかった。想像上の弟が幸せになることで、想像上の十代の弟がすこしずつ癒された。
 結婚から二年遅れて結婚式が行われて、披露宴でマイクを握った現実の弟が、わたしの想像上の弟と同じことを言った。「幼少期から安心して帰れる家がなかった」「今やっとそれを手に入れた」答え合わせのように、まったく想像通りの言葉が述べられていき、わたしは自分の弟がすごく幸せであることと、それから、自分がゆめみた最大のおとぎ話が叶っていたことを知った。「遠慮なく幸せをつかんでいこうと思っていますので」と最後に弟は言った。
 わたしは、弟が結婚をしたことが嬉しかった。それは「恋人」や「パートナー」や「同居人」を得る、ということとはなにか根本的なちがいがあった。弟のスピーチを聞いているうちに、ふたりの「結婚」という選択がわたしにとって特別だった理由がやっとなんとなくわかった。結婚は「われわれは家族である」という声明だから。弟はようするにずっと家族が欲しかったのだろうと思う。
 家族ならわたしだって喉から手が出るほど欲しいけれど、正確には書くならばわたしが欲しいのは「家族に似たなにか」だ。家族に似たなにかなら欲しいような気がするが、家族そのものはだめだ、と思いつづけてきた。家族に傷ついた人間はだいたいそんなものなのではないかと思う。家族とは、遠目には輝かしく、近づいて触ると破滅する、矛盾を孕んだ美しい幻のようなものだ。だからこそ、弟の「結婚」という選択からは、「似たなにか」ではなく「家族そのもの」を得ようとする果敢さを感じて、それが眩しかったのだと思う。わたしの弟にはそういうところがある。希望を捨てないところが。希望の捨て方をぜんぜんわかっていないようなところが。マイクを握っている弟をみながら、いっしょに声明を出してくれる勇敢な人と出会えてよかったし、家族を欲しがりつづけたのもほんとうにえらかった、と思った。家族を得るのは簡単じゃない。それ以前に、家族を欲しがることが簡単じゃない。
 弟たちの関係性はお互いの居場所の確保に力点が置かれておらず、それよりも社会のなかに弱者の居場所をつくることに関心があるようにみえる。密室で孤独をメンテナンスしあう関係というよりは、共同作業のなかに事後的に居場所を創出する方法ははるかにサスティナブルで、どうしてそんなに正しい選択ができるのかとくらくらしてしまう。幸せが、つづくといいと思う。