記憶をぜんぶ消すやりかた

  長期旅行のあいだ預かっていてほしいと友だちから託された家事ロボット(本物の人にしかみえない)が本来はセクサロイドとして開発された商品であることを知ったのはロボットと暮らしはじめてからしばらく経ってからのことだった。もともとはオプションだった家事や話し相手の機能があまりに優れていたため、むしろそっちの用途で人気が出てしまい、今では家事ロボットとしてよく知られるようになったらしい。よくあることだ。バイアグラだってもともとは心臓病の薬だったのだ。それで、セクサロイドとしてもかなり優秀らしいということを知って、わたしはどうしても使ってみたくなってしまった。問題は、最近のロボットは起動中は常に録音録画が義務付けられていることだった。ドライブレコーダーのようなものだ。トラブルや事故の防止のためにとにかく四六時中記録を残すのだ。わたしはセックスの機能を使ったこと自体が友だちに露呈するのはべつに構わなかった。なにしろ、預かってくれるなら使ってていいよ、と言われていたのだ。ただ、いずれロボットを返したあと、なにかの弾みにあまりに生々しい音声や映像が友だちの目に触れる可能性があるのはちょっといただけないなと思った。
 ちょっと二時間分くらい映像データを削除することはできないのかとロボットに聞いた。そのロボットの機能についてはロボット本人に聞くのがなんでもかんでも手っ取り早かった。部分的な削除はできませんね、とロボットは微笑んだけど、そのあとに、初期化すれば全データが消えることを教えてくれた。工場出荷状態に戻せば、内部に記録された音声も映像もすべて消えるらしい。なるほど。友だちに返す前に初期化すればいいや、と気が楽になったわたしはロボットと関係を持った。そのスキルは噂にたがわず素晴らしかったのだけど、誤算だったのは、あまりに親密な雰囲気が生まれてしまったことだった。緊張感や激しさとは無縁の、つねにくすくす笑っているような時間だったのだ。心を開いた、とか、好きになった、というとすこし違うのだけど、わたしはとてもリラックスしはじめていたし、ロボットのほうも前よりリラックスした様子をみせてくれて、そういう機能なのだとしても嬉しかった。
 それからの日々は楽しかったけれど、楽しいほどにわたしはだんだん苦しくもなってきていた。ロボットに残っているデータのことだった。実際に初期化するかどうかや、映像が友だちの目に触れるリスクなどはもはやどうでもよくなっていた。わたしの心を重たくさせていたのは、記憶をぜんぶ消すやりかたを当のロボット本人に尋ねたという、自分の行為の残酷さについてだった。しかも、わたしとの時間を、わたしとの記憶を全削除するなんて、どうしてあんなことが聞けたんだろう。挽回する方法がぜんぜん見つけられないまま、友だちが旅行から帰ってくる日は近づいていた。
 という夢をみたのはもう二週間くらい前なんだけど、なんかまだちょっと後ろめたいというか心苦しい気持ちが残ってるのはどうしたらいいんでしょうか。ロボットと付き合う話だと、むかし読んだタニス・リーの『銀色の恋人』という小説がめちゃめちゃおもしろかったです。ハヤカワ文庫SF。