2023年に発表した短歌/平岡直子

 

「傾国」(「現代短歌」2023年3月号)

 

 

回転寿司が寿司を回転させる間に天王星が消えてしまった

 

教卓でしばらく軽く眼をとじるだれにもみえない後光のために

 

祖父とわたしに血のつながりがあるということよくわからない味の素

 

月面は充電式の教会のようなもの蝕と蝕が重なる

 

インテリアデザイナーって感じだね家を出ずれば七人の敵

 

恩を仇で返していいよ生き物に金色の目をさせる力よ

 

チョコレート 昨日のつづきというよりは十年前のつづきのような

 

友だちがいなくなったらルービックキューブを回しながら死ぬのか

 

天王星はわたしのための星じゃない生クリームに匙をしずめて

 

最低気温の折れ線グラフこの世には彫刻刀が残されている

 

キャッシュバック・ポイント還元・いったんは落とした鱗を耳に光らせ

 

還暦が二十四時間放送でどんな気持ちか教えてくれる

 

星蝕よ 身分の高い人々がお箸をつける空っぽの皿

 

まあ短歌でいいか、と笑う人たちのいる二つ目の地球を思う

 

銀幕と銀杏のあいだ 数世紀大きくいえば秋が続いた

 

機関車が線路を噛んで熱愛は眠りのなかにみつけてばかり

 

さまざまな角度でかかしを撮ったのがわたしの心の学生証ね

 

筋肉をしずかにつよく動かして絹さやのすじ剥いていく夜

 

紙飛行機は紙にもどっていくだろう記憶喪失のように居間のない

 

銃声も天王星もやることはやっているってみんな言うのよ

 

血が透明な時代は美しかったともいえる〈平成の歌姫〉たちへ

 

食品をおいしくみせる照明に照らされている紫キャベツ

 

ほんとうはまだ脱ぐものがあるときの仮想通貨のような体だ

 

冬銀河いっぽんの樹が葉を落とす縮図と地図が混ざりつつ降る

 

 

 

テーマ詠「声」一首(共同通信配信)

 

 

ね・うし・とら・ね・うし・とら・う・う・う・う・う・う銃声が電話をかけてきた

 

 

 

「泡のなかへ」(映画「ピンク・クラウド」パンフレット)

 

 

からっぽのガラスの花器が輝きを増していくわたしひとりの部屋に

 

傾いてしまったようにスーパーの一部ががらんとして何もない

 

星と人を縫い合わせればしゅるしゅると発火してこんなのは一瞬

 

針葉樹 ペーパータオルを袋ごとリュックにいつも入れていました

 

あなたがまださみしかったらうれしいと思う消毒液の霧のなか

 

サボテンを枯らす人などいないって理由でもらったはずだったのに

 

しゃぼん玉のかたちのランプを買いに行く これが終われば これが終われば

 

 

 

「脚光」(読売新聞WEBサイト「大手小町」)

 

 

外廊下にいるみたいだな眠ってるのに学生じゃなくなったのに

 

きっかけは脱水されたジーパンがつよく絡まりあっていたこと

 

銅像にだけ吹いている風をみて やる気があれば門下になれる

 

いったんは手に入れかけたはずだったあれとこれ 車止めに座って

 

いい匂いの葉っぱだらけの西友の野菜売り場の意思決定よ

 

時給制で幽霊をやっているのね スパンコールのように光って

 

ゆうぐれには無限の可能性がある 試食を口にいれてまわった

 

原曲をよく知らなくててきとうなドナドナをくりかえし逃げ切る

 

 

 

「黒百合」(田畑書店「短歌アンソロジー『あこがれ』」)

                               

 

ヒヤシンスみたいに薄い息をするわたしを客席にみつけたの?

 

ふつうでごめんって雪舟さんも言ってたな白樺の樹は夜に光って

 

ビニールの人形にまた口づける三十代が美しくなる

 

競艇場からボウリング場へ転がっていくトイレを探す夢のさなかで

 

つきあかりのしたの警察署のようにとてもしずかな身体だったわ

 

もしわたしが廃劇場を持ってたら縫い縮めて薔薇をつくろうかなあ

 

壊れたままで踊ってる、カルメン、壊れたままでずっと踊って

 

ウルトラマンみたいなひとみだったなと改札口にタッチするとき

 

わたしたちずっとめちゃくちゃだったじゃないチェリーの匂いのしない香水

 

あのさみしさはもう消えたけど90年代のクリスマスと目が合った

 

でもそれはわたしではなく虹彩と女性器をもつ冬の水だよ

 

人が何に人生を賭けているかわかるタンバリンのような歯並び

 

リボンが落ちるリボンが落ちる魂にふれると指紋が残るのだから

 

ねえ、おしえて、眼鏡をかけたことはある? きっとつぶれてしまうと思う

 

一億光年 あなたはさかさまにエレベーターガールをつとめる

 

刺青の痛みのことがわからないわたしにウインクをしてもいい

 

銃刀法違反はしたことないけれど服の下には荒れ果てた星

 

自分の顔を失くしてしまう手のなかで千円札をふたつに折って

 

黒い百合 井戸の底ではひとときのとてもつめたいみずにさわった

 

音漏れのようにじぐざく歩いてた 夜の港を、誰かが、誰かが、

 

 

 

「野鳥図鑑」(「短歌研究」2023年5月号)

                         

 

壜のなかの蟻はガラスの断面に巣をつくるから、あなたといると

 

プロテインシェイカーで飲むプロテイン地図には川が青く彫られて

 

神聖な戦いだった、あなたには、無力さは雪に似ているけれど

 

こんな髪質に生まれたせいだろう燃えあがる野鳥図鑑を抱いて

 

つめたい鉄の棒をにぎって引き下ろす何回も手をよごしたからには

 

まっしろでちいさくて毛がふかふかの男しかいない世界に生まれ

 

息の音でしゃべる一生お茶碗にふりかかるならライラックだよ

 

そんなこと歌にしないで そんなこと? 雪山から耳が降りてくる

 

愛がなければ生きていけないわたしたち三十三間堂にいるのよ

 

おまえの眼に小さく光る星がありよくないおいで剥がしてあげる

 

 

 

Twitter」(「つばさ」19号)

 

 

小さくなった中学校を口紅に隠してごらん秋のまんなか

 

雪の日の受刑者として喫煙をしていた偽の記憶のなかで

 

友だちにあげる下着が神話のように丁寧につつまれている

 

いるだけで電車のように怪力の この世代、嫌韓が多いな

 

気球がたくさんたくさん浮かぶ青空は物産展の奥にあるから

 

手りゅう弾のピン引き抜いた瞬間を数十年やる人もいるのよ

 

家族、家族、家族、わたしが今までに拾わなかった流木たちよ

 

烏賊のしたに大葉一枚はさまれて愛を軟禁しているような

 

よろこんでたったひとつのねじになる北北西の風が吹くとき

 

奪わせろ、という声がする押し花の上からトップコートを塗れば

 

 

 

「手相」(「短歌研究」2023年5・6月合併号)                             

 

 

ポテトチップス山盛りにする武蔵野市だけでも無数のレンズが光る

 

でもこんな名刺サイズのお屋敷に弾丸は大きすぎて効かない

 

わたしをだれもしらない夜のあかるさの手相から清水が湧いてくる

 

鉛筆は削られるため回るのをいつやめるのかわからなかった

 

嗚咽っていうかお花見 どうせなら浴びられるものなんでも浴びる

 

未解決事件のように豆腐屋がなんども水に放つ豆腐よ

 

すこしだけ月に心を貸しているわたしをだんだん剥がれる紙は

 

 

 

「吊り橋」(「外出」9号)

 

 

ニジマスが流しの横に置いてあるすべてのものがこわいと思う

 

身の程をちゃんとわかったことがない制汗剤をよく振っている

 

悪用が発覚したらそのときはそのときあんな蝶の飛びかた

 

道で泣くとき無重力空間に水が飛び散るイメージでいる

 

体重は一生かけて増えて減る穴あけパンチで穴をあけたら

 

星の寿命、わたしの寿命、歌詞のテロップに色がついていく

 

治ったら忘れてしまう切り傷の履歴をすべてみせてもらえる?

 

死ぬなっていちいち言うほかないだろう明太子のかわいくないピンク

 

わたしからすこしおくれて膀胱がジャンプしている月のまよなか

 

guilty or not guilty ウェディングケーキのなかに空洞がある

 

細長い花器に真水をゆっくりとそそぎこむわたしにはまだ無理

 

顔のみえない写真のなかの子どもたち防火水槽をさがしてる

 

わっぱめしつめたいままで食べるから 被害者と被害者を兼ねるの

 

心までペンキみたいな水色になってしまった事情を聞いて

 

 

 

「金色」(「現代短歌」2023年7月号)

 

 

とびおりた人たちのこと考えるあなたが小鳥を握っていると

 

腕のあるヴィーナス像があらわれてわたしのために踊らなかった

 

人間は紙風船のようなもの 紙、くしゃくしゃにするの、好きだね

 

行列が蛇だとしたらいつまでも蛇の頭を撫でている手は

 

声まではよく聞こえない遠さから相づちを打つ顔をみている

 

夜中に弾く楽器がそれと同じであるはずがない 鉱物の原石

 

あなたのひとみをピンチアウトしてみたい人の住まない人里がある

 

採寸をするとき覗くトンネルが夏につながる二十代なら

 

水だって落ちるときには垂直に落ちる預金額ゼロのきらめき

 

神さまのうしろにまわればなにもない花の匂いがするだけだろう

 

ざわざわと鳴る竹林の写真かと思ったけれどわたしの近影

 

口うつしでお金をあげるここにだけ前世も来世もあると思った

 

心が折れるところを一秒間に百回みたと思う キャベツを剥がす

 

袖口のレースはつづく農村にとてもあかるい陽がさしていて

 

ビリヤードの球がはじける音がして脳のどこかにある娯楽室

 

赤外線通信をするふりをする望まれた指だったとしても

 

金色のカステラはしゃりしゃりとして地球にとても似た星のうえ

 

上をみても下をみてもきりがないぶらんこの鎖だとは思うんだけど

 

木香薔薇があふれる昼が急にきて人にレシピを教えてほしい

 

同じ曲をくちずさむときくちびるが同じ動きをしてる不可思議

 

肌色というクレヨンはこわかった無くなったのとはちがう理由で

 

お皿を洗うほうに創造性があるわたしのなかの街の奥行き

 

くらがりで最初の音を待っている心は心の制服を着て

 

錠剤は飲まれるほかにないことをいずれ見送るしかないことを

 

 

 

「わたしの顔のなか観覧車」(「歌壇」2023年10月号)

 

 

日焼け止めをいやいや塗りたくるたびに夏に灼かれていくピラミッド

 

どうしても渡したかったひとことの、わたしの顔のなか観覧車

 

新聞も捨てたものではないけれど風に吹きあげられて、先生

 

かりんとうは売り切れていた からっぽの銀座を歩き会場に着く

 

雨雲に遭遇したらそれまでのわたしはだれの子だったんだろう

 

パレードの写真のなかでぴかぴかのあなたは懐かしい風船だ

 

すこしずつ造花も枯れるといいのにな苦学生よりひどかったから

 

側溝に穴、わたしたちわたあめの詰まった袋かもしれないね

 

いくらかのお金をゆうべラベンダー畑に入れたらボタンを押して

 

ぬかるみをわたしもひとつ持たされていて桃のパフェ王冠のよう

 

あのときに溜めた涙が、ハローキティ、どうなったのか思い出せない

 

四十代が兆したり靴のクリームの蓋に書かれた英字のように

 

熱海銀座商店街は夢のなかみたいファクシミリの音みたい

 

死は禁止 生クリームをあわだてるボウルの底に氷があたる

 

ゆきあいの他人をみんな抱きしめるようには生まれず夕闇のなか

 

わたしには蟻が上陸するでしょうテレビの前に立ちはだかれば

 

ふきげんで会いにこないで改行はいつも知らないうちされている

 

熱湯に剝きだしで浮くティーバッグ家族を捨てたようだと思う

 

すくなくともここは無人機ではないのだろう頭のなかを触って

 

ねむる前もう凍らないみずうみのうえを子どもの脚で渡った

 

 

 

「歯車」(「現代短歌」2023年11月号)

 

 

水族館を本物よりもうすぐらく記憶している 縫い目をさがす

 

水餃子 あるいは昼の銭湯に行くのはさびしいからだと思う

 

水上スキーがしぶきをあげる外国にいる友だちが起きてる時間

 

水星の魔女とちゅうまで どうしても心は外して隣に置いて

 

水紋はひとさしゆびに吸いこまれ薄明かりの絵画botの停止

 

水門のかたちの耳飾りがほしい開いているのと閉じているのと

 

水引きがきらきら並ぶ飾り棚 救命ボートに乗せるとしたら

 

水琴窟の音を聞くときその人の貌すこしずつ組み立てられる

 

水圧が弱いシャワーを浴びながら文字数を金額に直した

 

水掛け論のだいぶ手前で引き返すことばかり星座まみれの空よ

 

水筒はわたしの手には負えないなゆっくりと筋肉を伸ばして

 

水蜜桃メイクに入れるハイライト知恵の実はまだ食べてないから

 

水泳を映してこんな真夜中につよく光ってるのはおまえだけ

 

水野亜美ちゃん一択だった人生にみずいろの夕暮れがおとずれる

 

水曜日? うん水曜日という会話 清掃不要の札のようだよ

 

水温を手でたしかめる夜深く秋にすこし重心をうつした

 

水 雪の結晶のこと歯車と呼ぶのは惨めだと思う 水

 

水玉模様がこわくなかった二十代 歯茎を磨きつつ思い出す

 

水中花をゆびさしながら戦争と言う癖がある小さい子ども

 

水綿(あのころ「きみの女の子、やるね」と言われて嫌じゃなかった)

 

水瓶座だから書棚に擬態した隠し扉はみんなわかるわ

 

水道が急によそよそしくなってわたしの心臓にはだれかいる

 

水中翼船 いつも赤だけ色褪せるのは人間に似せているから

 

水を打ったようにしずかな球場のそういう食品サンプルなのよ

 

 

 

「書評」(角川「短歌」2023年10月号)

 

 

押入れの奥まで見せているようなものじゃないこうも雨が続くと

 

ひらがなでわたしの姓を呼ぶ子たち夏風邪の感じではにかんで

 

ゆきたくて誰もゆけない青汁のパッケージにしか吹かない風よ

 

それぞれの時代に光る靴がある夜の子どもは巻貝だから

 

猫のしっぽのなかにわたしの刑務所があるけど小さくて入れない

 

冷房のきいてる椅子で読む書評 寝首を掻くことはゆるすわ

 

欲しいけど買わないままにしようかな菜の花畑とひまわり畑

 

 

 

「夢に行き止まりがあるならば」(「外出」10号)

 

 

百円のと千円のとで迷ってる味噌マドラー 動物園どうだった?

 

秋の日は大きなクッキー缶のよう やり直せるならやり直したい 

 

わたしが票を入れた議員のポスターがずっとあるだんだん嫌になる

 

土はどこ 予備のボタンが引き出しの底に溜まって 土は捨てたの

 

熱があるときにぶつかる重い鉄このごろずっとあの夢のなか

 

レコードに舌を当てたら音楽が鳴るだろうと思う、なんとなく

 

行く方に三白眼があればいいのにね夕陽のようなサイズの

 

あこがれを放したことは一瞬も 女声が下のパートを歌う

 

ぜんぶ答えてくれないとだめわたしにはミミズクでいう耳なのだから

 

泣くことが上手になったそれだけで自分はもういないのだとも思う

 

葉のうえに葉がかぶさって しばらくビリヤニの輝いていた世界

 

解体工事の途中の家は断面がみえるお箸を持ち歩こうかな

 

運命? ミルク色したお湯のなかふやけた指をみせあうことが?

 

手は煙草をもう探さない 東北の訛りのように花はこぼれて

 

・これ以外に、

「神社についての考え」(角川「短歌」1月号)

「ひとみ」(『起きられない朝のための短歌入門』購入特典冊子「起きろ」)